特別な意味を持つ医学部合格☆「小さい頃の夢が叶う瞬間や!!」

わだぁ〜!!・・・アリガトウ。。。

それは、今だに忘れもしない。私立中学に合格した日からしばらくして食事に招かれるという機会を得た。その日は、私の生春巻きデビューの日にもなった。初めて出会ったのは、彼が小学6年生の中学受験直前4ヶ月前の確か10月下旬ぐらいだった。私は、算数を教える事となり、当時は、学習塾にも通っていたようだったが、そんなに重きに考えて学習塾には通っていなかったようにも覚えている。一先ず、中学受験という合否を抱える勉強を始めたのだから、結果はどうであれ最後まで受験を付き合っていきたいという親心が重なったからだ。

時が経つのも早いもので、4ヶ月という月日は、アッと、言う間にやってきた。試験当日、「とりあえず頑張ってくるわ!!」そう、言い残して受験に臨んた。そして、結果は、見事、合格!!今までにないぐらいに頭が回転して、スパァ〜ンという具合に取り組む事が出来たようだ。これで、もう言い残す事は、無いようだ。

見事に中学受験を合格で飾り、「落ちても良い」という気持ちもどこへやら、合格当日は、晴れ晴れとした顔つきで、その後の彼の人生に大きな影響を与えるとは、まだ知る由もなかった。当時の事は、鮮明に覚えている。本人は、母親の腕の中に包まれて、「アリガトウ!!」と発した言葉(笑)、、、今でも印象的に覚えている。1月の薄暗い夕方頃だったように覚えている。あまり寒くなかった事だろう。まだ、その時は、お子様だった。あの頃の事を今でも覚えているのは、私や親御様だけではないだろうか!?本人は照れくさそうに、「そんなん覚えてないわぁ〜!!」と言っているのだ。表情からしても、きっと覚えているに違いない(笑)

良い結果で、中学受験を終えて任務完了。そして、別れを告げた、、、

入学してからの最初の試験を終えたところだっただろうか!?中学1年の5月中旬に再び連絡が入った。数年間の中学受験の経緯もあり、勉強からは少し遠ざかりたいという気持ちを薄々と感じていたので、一先ず、数学だけの対応で学習指導を進めていく事となっていた。アップダウンはあるものの成績は、比較的安定していったのだ。

こんな感じで、1年ぐらいは普通に授業を行って定期考査でもそこそこ成績を残す日々を続ける事が出来た。そして、1年を過ぎた辺りの中学2年になったぐらいから英語が少しずつ、学校の進路から遠ざかってきているように本人が言っていた。それも中学2年1学期で幾何の問題を解いていた時にも関わらずだ。「身から出た錆」!?「泣きっ面に蜂」!?彼にとっては、幾何の問題がとにかく嫌いで、いつも余計な話に脱線する。ただ、この時ばかりは、脱線した話に誘導尋問というエッセンスが加えられていたので、ポロッと英語苦手発言が出て来てしまった。

「英語苦手」と「幾何嫌い」がコラボった瞬間だ!!この瞬間は、私にとってもオモシロい瞬間である。彼自身とにかく幾何(つまり、図形)という考え方は、大嫌いで、それは、最後の最後まで大嫌いだったようだ。ましてや、嫌いと勘違いするのも大好きなようだ。何でもカンでも嫌いと大いに言い放っていた。授業も少しずつ佳境に入ってきた段階で、「人間の精神状態がチンッ寸前までいくとどうなるのか!?」という質問に対する答えのような事態が起きた。

新中のいつもの問題集で早稲田実業の過去問をやりつつ最後の最後までときつつあったのだが、もう一歩というところで解いてしまうという寸前。座って、ペンを持ったまま、考えている最中に意識を失ってしまった。やはり、人間は、考えすぎると、意識が跳んでしまうようだ。「勉強のし過ぎで、気を失う!!」「勉強のし過ぎで、熱がでる!!」こんな信じ難い事が自分を含めて起こり得た。本当に勉強しているからこそ、考えられない事が起きる。固定観念や常識的な範囲で、考えてはいけない。枠の中でガンバルという事は、甘さに打ち勝っていない良い証拠。彼が、自分の限界を知った瞬間でありました。

こんな状況をあり、英語の授業も対応させて頂く事となった。とにかく状況は、思っていたよりも遥かに深刻で、「宿題は、どうなん!?」と言えば、「やってません(汗)」、「宿題をしてないなら、辞めてまえ!!」と、もうこんな会話のやりとりで、毎回授業中に宿題をやったり、やらなければいけない事をやったりしていた。

こんな口癖のような発言でも彼にとって大きな意味する一言であると理解する事が出来たのは、それから数日が経っての事だっただろう。それは、親御様からの一通のメールがキッカケだった。それは、「辞めてまえ!!」というのなら、「他に良いところを紹介しろ!!」という内容だった。確かにおっしゃる通りだ。この時ばかりは、私も目が覚めた。次に、「辞めてまえ!!」と思ったら、彼に度肝を抜かす程の対応で、接する事にしようと心に誓った。そうしないと、この子供の問題解決には、至らないからだ。私も大変、良い勉強になった。この考えは、今でも生き続けている。

そんなこんなで、「数字(成績)があまり芳しくない。」と言うコトで、家庭内がギスギスし始めていたのを今でも覚えている。ただ、何かがあったようで、私もよくは、知らないが、ある日、突然、学校の数字(成績)に対して、母は触らないようにしたというのだ。ご家族の中で何かがあった事については、反応しても言葉に出しては、何にも言わない方が良いと思ったので、未だに何があったかは、不明のままだ。そぉ〜っっっとしておいた方が良い場合もある。こういった時は、感覚的に判断して、行動に徹するべきだろう。

それから数学と英語をずぅ===っと、順調に対応させて頂いていた。彼も中学校を卒業するという微妙な時期に差し掛かった時、ご家族揃ってマンションに引っ越すという事になった。近々、「自宅を建て替える」という竣工式というものがあるらしい。その間、学校の近くのマンションに引っ越し、いつものように勉強する事となった。長い間、御付き合いさせて頂いていると生活環境にも大きな変化はつきものです。

その折に、いまでも覚忘れられない出来事がある。それは、英語の授業の話だ。仕事には、一切、手を抜かない私あのだが、1パートだけ文章を和訳英作せずに本人に任せてしまったところがある。それは、「戦争の話」の文章だった。今でもクラウンの教科書には、記載されているので、それを読む度に涙が出てくる。戦争の悲惨さが私の心の中に訴えてくる訳だ。後悔の念が込み上げてくる一文であります。

そんなこんなで、中高一貫という事もあり、形式的な卒業を無事に終えて、祝高校生!!オメデトウとばかりに喜砲をパンパンするが、かなりうるさかったので、2発目は、ひかえた。もちろん、写真を撮って事無きを得た。それから出来立てホヤホヤのお家にお伺いさせて頂いて、あれこれ質問させて頂いてオフィスを持つことへの夢が膨らんだ結果だ。良い影響を与えてもらったと思う。

高校1年が過ぎようとした高校2年生の4月頃だった。大学への進学について、事ある度に話をする機会が増えた。

和田 「どこの大学考えてるん?」

I君 「法学部や経済学部に興味があるから京都大学にいこうと思うねん」

和田 「ほんまか、高校2年生の時にでも1回は、大学を見に行っておかなアカンで!!」

I君 「わかった」、、、

>>>京都大学で開催されたオープンキャンパスに出席!!>>>

和田 「どうやった!?」

I君 「行ってきたよ、おもろかったわ(笑)」

ただ、私の中で、何かが引っ掛かるものがあった。中学入学当初は、将来の夢について、ハグラカされていたのだが、ポツポツとお医者さんという言葉が出てきては、消えていくを繰り返していた。それがいつしか言葉にすら出てこなくなり、おかしいと思った私は、あまり刺激を与える事なく聞いてみる事にした。

和田 「将来の夢ってほんまに京都大学へ進もうと考えてたんか!?」

相変わらず言い難そうにしているので、、、

和田 「何でもええから言うてみぃ〜!!何やねん???」

I君 「ほんまは医師になりたいねん」

高校2年生4月の面談で、学校サイドから「医学部受験には4年掛かる」という厳しい現実を通告されたようで、そんな大切な事を私に告げる事もなく、日々、授業が過ぎていたのだという。

和田 「何でそんな大切な事、言わへんのや?とりあえず、みんなで頑張ったらええやんけ!!」

そんな事に屈する事も無く、高2の5月から医学部合格に向けて、いよいよ本格的に歩み始めました。もちろんだが、当初は、医学部医学科への合格実績としては、私としても受験塾家庭教師としても、まだまだ薄かったので、私も覚悟を決めなければいけなかった。

もうそうなると、話はやりたい放題進んでいった。とにかく見えないモノがたくさんあったのだから、動き回るしかない。まずは、情報収集だ。実際、本人は、神戸大学医学部を目指していたのだ。とにかく聞き取り調査を経ることにする。調査の方法は、至って簡単、大学周辺に待機して、医学部医学科生と思われる人間に片っ端から路上アポイントメントをとる。確か50人を目処として、情報収集を行うこと2日程度でやり終える必要がった。期間を延ばせ延ばす程、相手に警戒心をもたれるからだ。この点では、学生達から様々な情報を手に入れる事ができた。勉強方法から始まり、学校生活、大学そのもの、教授陣の特色、卒業後の将来性、などなど雑談程度だから1人10分程度でいろいろ話を聴いてもらった。もちろん私1人だ。情報を調べるのに費用を請求する等というセコい真似はしない。次に教授陣のごく一部の方々に話をしてもらえる事が出来たので、幸い良かった。その時、ご協力頂いた教授、准教授の方々には、大変、有り難かった。これらの内容を精査して伝えることが出来た。

調べてみて思ったのが、医学部医学科という枠の中は、他学部とは、少し違った特色をもっている事を理解することが出来た。簡単に話をすると研究医色が比較的、他の大学と比べて強いという点、神戸大学であれば兵庫県を中心として、岡山大学であれば岡山を中心として散らばっている点、中国四国地方では、臨床医色が比較的強いという点、研究医と臨床医の区別化は主に学業環境と地域性によりけりである点、などの世間には出ない様々な情報を入手する事が出来た。さすがにこれらの内容は、学校の順位や模試の偏差値では判断し兼ねる部分だ。

それと現役合格者の割合が全合格者の割合の5%から20%程度のようだ。様々な要素が絡み合って各大学の現役合格社の割合は、まちまちだが、せいぜい20%程度考える事が無難だろう。他の80%は浪人生と言う訳だ。これは、恐ろしい話だが、模試の結果に浮いてこないではないか!?医学部浪人生恐るべし(汗)ただ、取り組む価値は、大いにある。

高校2年生の5月にして大きな取り組みが実施される事になった。もちろん5教科7科目への挑戦!!英語、数学、化学、に絞り込んでの対応。センター試験も個別前期も個別後期もいかなる対応も私が行う。ただ、物理だけは、ご本人の力を借りて、周囲の環境は、こちらでプロデュースするというものだ。もちろん、経費節約の為だ。いろいろ彼自身も考えているようなのが、涙ぐましい。
残すところ21ヶ月程度。。。

合格する事を考えるよりもまずは、先の見通し(合格しそうだという期待)を立てる事が先決だ。なぜならば、やらないといけない事が膨大にあるからだ。単純に考えてみよう。21ヶ月程度を7科目で割ってみて下さい。1科目に掛けられるのは、わずか、3ヶ月程度しかないんです。本来ならば、1科目10ヶ月ないしは、12ヶ月掛けるような内容を、たった3ヶ月で考えていかなければいけない。それにセンター試験や個別前期、個別後期を含めた考え方でなのです。もう背筋が凍るような思いであるのは、言うまでもありません。この段階で、「無理そうだから、、、」「彼には、出来ない、、、」とか、その場の感情で左右されていては、彼の幸せはなかっただろう。一切、そんな事には、触れずに黙々と邁進するだけです。

夏休み、冬休みを経て、いよいよAO入試一次試験に臨む時がやってきました。出願書類を滞りなく作成し、出願するまでは良かったのだが、2つだけ気になる部分がありました。それは、彼自身あまり体調が優れないという点と神戸大学サイドが研究医を欲している点だ。これらの2つの点が今後、彼の受験に大きな影響を与える事は、まだ誰も知る由もありませんでした。

この病気の内容は、多くは語れないので、彼の生活に支障が無い程度に留めておく事にします。彼は、小さい頃にある病気に掛かっており、現在もずぅ〜〜〜っと抱えたままでいます。つまり、ほとんど、一生治る見込みが無い病気を抱えているんです。しかし、当の本人は、ピンッピンッしています。言うなれば緩解状態!!医療系に携わる方々は、ご存知の方も多いと思われますが、そういう事なのです。この病気の事を隠した状態で受験に臨むか!?あるいは、突き進むか!?そこは、もちろん、私の生徒です。突き進みました。それも、胸を張って、、、当時の彼いわく、「仮に隠して合格しても6カ年やっていけるかと言えば、やってはいけるが、自分に納得いかないと思う。それやったら、ちゃんと正々堂々と臨んで、評価してもらいたい。それで、不合格であるならば致し方ない。大切なのは、受け入れてくれるか、どうかや!!どっちにしても絶対に医者になったるけどな。」それに加えて、神戸大学サイドが研究医を発している背景も裏付けはとれている。それでも、彼自身は、原則的には臨床医として6カ年を歩んでいく覚悟で受験に臨んだのだ。恐ろしい高3である(汗)

いよいよAO入試一次試験の合格がやってきた。。。もちろん3倍の枠は、見事にして合格!!後は、2つの問題をどう乗り切るかが、ポイントだ。けれども、彼自身、乗り切る気配は一向にない。自分を評価してもらうだけの一点張り(痛)もちろん、この件で、二次試験直前で、一悶着あったのは、事実だ。私は、何が何でも合格させてやりたいという気持ちが多い。だから、何でもする。何がどうこうしようと、「合格」という2文字を手に入れる為なら、人間的な感情さえ、ど返しする。しかし、それとは、逆に、彼は、「今回だけは、俺の好きなようにさせてくれ」と言う。もう、そんな葛藤のオンパレードだ。ちなみに、2人も姫路出身である。

AO入試は、二次試験が実施されて、試験終了後、連絡があった。やはり、思っていた通り、体調の事と研究医の事が題材に挙げられて質問攻めにあったようだ。想定内の状況に終始、和んだ面接だったようだが、そんな彼からの口から信じられない言葉でた。

「和田ごめん。アカンと思う。。。和田の言う通りやった。。。」

正に体が凍り付いた。あまり多くは語らなかったのだが、私の言う通りであればある程度の察しはつく。つまり、上記で挙げたような2点をつっこまれたという事だ。想定内の質疑だったにも関わらず、大学サイドにとって、適した応答ではなかったのだろう。恐らく、彼自身やりきってきたのだろう。この時から、だんだん神戸大学医学部医学科に対する将来的なビジョンと魅力感心が薄れていったのは確かだ。

AO入試二次試験も終えて、確固たる信念で一般入試を臨んで勉強しなければいけなくなった。ただ、本人に迷いがあるのは、6年も7年も付き合っていれば手に取るように分かる。何かがおかしい。神大AO受験前の情熱が、、、という感じだ。おかしい。このままでは、、、と、思ってしまう場面もあった。ただ、どんな状況でも時間だけは、過ぎていく。そうこうしている内にセンター試験がやってきた。

結果は、至って悪くなかった!!むしろ、思った通りの結果だったように思う。その得点率は、92%を確保☆つまり、大概の医学部医学科であらば、どこでも合格水準の土台に乗っかってくる点数である。もちろん、神戸大学医学部医学科の合格率(過去)を裕に超えていた。「心配し過ぎだったのかなぁ=!?」と不自然な感情に見舞われながら、個別前期を受ける事となった。と、その時、、、

本人「イチ浪は、有りやと思う。。。」

何を言い出すかと思ったら、さすがに驚いた。なぜならば、まだ個別前期を受験する前の事だったからだ。確かに個別前期一本掛けで、勝負に臨もうとしているから、特にイチ浪を考える事は、不自然な事ではない。自然な事だ。とにかく、ここまで来ておいて、考えられない発言なのだ。
和田「なんでや!?まだ終わってへんやんけ。受けてもないねんど。どないしたんや?」

本人「ほんまに神大でええかと思って、、、やっぱり、正直、引っ掛かってんねん。やりたい事とちゃう。」

この言葉、私の心の中にグサッと突き刺さる想いがあった。状況は違えども自分もそういった気持ちになって決断した。しかし、それは結果的には良い方向に進んでおり、今の自分があるからだ。自分の立場的なモノもあったので、この段階では、何も言えなかった。しかし、これは、相談すべき要素!!必ず家族と話すべき内容だったので、それを経たうえで、個別前期に臨んだのだ。

結果は、不合格。。。同時に、イチ浪決定。。。

私とっては、とても悔しさが残る結果だった。ただ、これは本人にとって前向きな方向性を導く結果であるという事を学んだ。神戸大学医学部医学科へのリベンジを果たす事と落ち着いて自分の方向性を見付けだす事を目的として、もう1年間だけ気合いを入れる事になった。3月に結果を告げられて、そして、5月が終わり、7月8月を経て、11月12月に至った。イチ浪の一年間を通して、大学説明会に幾度となく参加し、オープンキャンパスにも進んで参加した。様々な人達や先輩達と言葉を交わすうえで、一番、自分が進みたい方向性であると確信した。 そんなこんなで、神戸大学への気持ちが次第に愛媛大学へ気持ちが傾いていった。

「なぜ、愛媛大学?」

それは、母親の実家が近いという事と自分がやりたい将来性と一致しているという事が大きかったからだ。これが自分の将来性に大きな衝撃を与えてくれるのは、やはり、愛媛大学であるはずと最終的な確信に至った。センター試験直前の出来事だったが、焦りは一切無い。むしろ、腰を据えてじっくりと考えたうえでの結論だ。もちろん、迷いは一切無い。愛媛大学を個別前期で出願してしまうと神戸大学のリベンジを果たす事が出来なくなる。それでは、ダメ☆だから、神戸大学を前期で受験して、愛媛大学を後期で受験する事になった。何とも攻撃的な出願であるように思える。

ここまで来たとしても例え1回でも入学試験料金をケチりたいという気持ちは変わらない。イチ浪となるともう一方の方向性として考えなければいけない。その大学として挙がったのが同志社大学の商学部と経済学部への出願だ。もちろん、センター方式を活用する事での出願だ。一般入試には出願しない。

今年もセンター試験は、91%を超えた。さすがだ、、、と、言うよりも昨年に残念な結果を得たのが思いの他、納得出来ない。攻撃的な点数を獲得出来たので、昨年同様、気合いを入れていく事にする。そんな矢先の結果が出た。もちろんの事だが、同志社大学商学部へは、あっさりと合格した。けれども、合格してもぜんぜんパッとしない。そんな事もあろうかと、一応、念の為、経済学部にもセンター方式で出願しておいた。それは、出願するだけのメリットが大きくあったからだ。合格発表日が、神戸大学医学部医学科の合格発表の次の日だった事を考えると適切な配慮だろう。今回は、本命の愛媛大学への入試が後期日程で待機していたので、一応、念の為、罠を仕掛けておいた。

不合格、、、

これは、学力があったとか、無かったとか、そんな次元の話では収まらないような何か不自然な感覚がする。どうしても、頭に過るのが「病気を患っている。。。」と、言う点だ。治る病気ではないからなのか、どうかは、不明だが、とにかく不自然な感じがする。センター試験だけではなく、過去問でも過去10カ年以上に渡って、個別前期で80%超えを確保しているのだ。つまり、解けない問題、出来ない問題は、皆無。もちろんの事だが、今回も見直し査定を行ったところ8割以上を軽く超えていた。まさに合格圏内だ。

それにも関わらず、残念な結果(汗)私が抱える他の受講生は、センター86%確保で、個別8割スレスレ!!その状況でも合格しているのだから、そう考えても致し方ない。とにかく、どうも納得出来ない部分が多かった。ただ、やはり、合否判定には、センター、個別、面接、を総合評価して結果が出されると言われてしまえば、それまでなのだ。突きつけられた結果の悔しさよりも、むしろ、サラッと空かされたような結果に激しい悔しさを感じた。一概には、言えないが、今だに不自然な部分を感じている。とは、言っても結果は、結果だ。本命なる愛媛大学に照準を絞って情熱をフル稼働あるのみだった。

これだけでは無かった。恐らく同志社大学経済学部にも合格するだろう思っていた。普通、そう思うだろう。だって、センター試験で9割確保を成し遂げたのだ。傾斜配点を考えると、まさに合格圏内。ただ、ここでも甘い考え方があり、商学部への合格の際に入学手続きを行っていなかったのだ。その甘さゆえ、信じられない出来事が起きた。さらに追い打ちを掛けるかのように同志社大学経済学部から不合格通知なるモノがやってきたのだ。

目はテン・・・・

なぜ!?彼よりも点数の低い受講生がバンッバンッ、合格しているのに、なぜ!?。。。ここでも社会の厳しい風が吹き荒れているに違いない。私立なだけに、もう何が何でもな感じなのだろう。「制度として」捉える受験生よりも「信念として」捉える受験生を欲するのは、当然の事だろう。確かに彼の受け方や取り組み方では見え見えなのだ。

まさに悪夢・・・・

この段階で、どこの大学も合格していない。3月4日を過ぎた時期にも関わらず、どこの大学も合格していないのだ。この時期になると私立の後期日程ですら出願期間は、終了している心の拠り所一切無しって訳だ。残されたのは、本命の後期日程受験までの6日間程度しかない。この6日間に考えるコトは至って簡単な事だ。それは、落ちれば即2浪、あるいは、合格して大学に通うかだ。たったそれだけの事を考えれば良いのだ。まぁ〜そうは言っても考える必要なんてまるでないのだが・・・。無論、合格して愛媛大学に入学するのだ。

「ならば、何をしなければいけないのか?」

それは、勉強するのみ。これだけで合格する。簡単なことではないか(笑)本人いわく今まで以上に真剣に勉強したらしい。2浪は絶対、いけない。なのに2浪の風が吹いている。本人いわく「無我夢中で英語だけ勉強したわ。とにかく復習、復習の毎日やったで。」完全に切羽詰まった状態になった。そして、愛媛大学医学部医学科の正に運命の合格発表の日がやってきた。これは今まで一番心に残っている事だろう。彼との出会いに感謝しなければいけないことだ。

AM9:30頃に起床。今日は、小学校6年生からお世話になっているお客様の合格発表で、7年間6ヶ月の月日は早いもので、小学生だった本人は既に高校を卒業するぐらい大きく成長していました。ついでに私は、年齢を重ねていて、階段を駆け上がれなくなりつつありますが・・・。とにかく今日はかなりドキドキしていました。さて、朝の身支度も完了出来たので、パソコンを起動>>>前もってお気に入り登録していた愛媛大学の合格閲覧ページを開く。その瞬間・・・まだ、アップされていない。。。しばらく待つ。時計を見る。いよいよAM10:30頃になってきた・・・ページを繰り返し最新状態にアップする。すると・・・開いた。合格者番号一覧。・・・しばらく沈黙・・・とにかく番号を探す。。。「あった☆あったぁ~☆」 ※ 注意 ※ テンションが上がると無意識の内に2回叫んでるようです。

まさにこの瞬間、10数年前の自分の合格発表の時の感覚を思い出す。確認後、即対応の私。スグに本人の携帯電話に電話をする。・・・繋がらない。次にご両親の携帯電話にも電話する。・・・繋がらない。それでも繋がらないので、自宅に電話を入れてみた。・・・やはり繋がらない。。。やはり、繋がらない。一先ずお客様のご自宅に急ぐ。とにかく急ぐ。三田市ー姫路市間を45分程度で動けたのは、恐らく一生に何回かしかないだろう。合格発表を見て何度も不合格だったら、なかなか見れなくなるものらしい。確かに気持ちは、よく分かる。それでも私は、一切、躊躇せずに確認しまくっていたのだが、、、、。

ピンポン!!

和田「オハヨウございます。」

親御様「オハヨウ。見た???」

和田「見ましたよ。連絡が繋がらなかったので、確認しに来ましたが、やっぱり合格ですよね!?」

親御様「合格だよ(笑)」

和田「これで、お医者さんになれますね(笑)」

この間、興奮冷めやらぬ状況で、自分でも何を言っていたかをあまり覚えていないが、とにかく叫んでいました。

和田「朝御飯食べずに出てきたので、お腹ペコペコですぅ~(笑)」

親御様「マフィンしかないけど、食べる!?」

和田「アリガトウございます。是非、いただきます。」

そんなこんなで朝御飯をご馳走して頂き、大満腹☆☆☆

和田「ほんなら今から愛媛県行こか!?今日しか作られへん思い出作りにいこう!!」

この時点で、昼12時過ぎ。

兵庫県姫路市から愛媛県松山市に3時間30分程度を掛けて動く!!

和田「とりあえず愛媛大学医学部に寄ってから記念撮影して、本学に向かおかぁ~!?」

I君「ほんなら、そないしよ!!」

数時間後、愛媛大学医学部に到着。

和田「どこやろなぁ~!?あ、あれや!!」

I君「合格発表ってな感じやないけど、自分の合格を実感してきたわ(笑)」

次に本学に寄ってから記念撮影となりました。高速道路は、事故の為、通行止めとなっていましたので、一般道路で向かいました。向かうこと30分程度、愛媛県の市街地を横目に目的地の愛媛大学本学に向かいました。

本学、到着。

入り口の受付で写真を撮ろうとした時でした。

学生「撮りましょうか?」

後ろから声を掛けてくれたのは、ここの学生さんではありませんか!?

本人「あ、すいません m(_ _)m 宜しくお願いします。」

先生「めちゃめちゃ、ええ人達やな(笑)」

本人「そりゃぁ~絶対に県民性やで!!見習わなアカンわ」

先生「ほんまやで!!」

それから、写真も撮り終えたので、思い出作りはまだまだ続く・・・。

先生「せっかく松山に来たんやから道後温泉でもはいって帰ろか!!」

本人「そないしよ」

って、事で、ちゃっかり温泉に入ることになった。もちろん、近くの大衆浴場にいった訳で・・・かなりユックリと温まりました。帰りには、お土産を手にして、家路に向かったのでした。

愛媛県>>3時間30分>>兵庫県 姫路市

本人「晩御飯は、どこで食べる!?」

先生「ラーメン屋さんでええか?」

本人「うん!!ええで」

授業合間の休憩時間のように喋りながらご飯を食べる。

先生「もう数分で、お別れやな。。。まぁっ、それでもまた帰ってきた時にでも連絡ちょうだい」

本人「うん。また連絡するわ!!」

店を出て、数分後、家に到着。ご両親の方々が出迎えてくれました。

両親「積もる話もいっぱいしたやろ!?ほんまにアリガトウ」

本人「アリガトウ」

先生「こちらこそ、今まで本当にアリガトウございました。」

鬼の目にも涙・・・喜び、寂しさ、感謝の気持ち、言葉には言い表せない感情が心を突く。小学4ヶ月間、中学3年間、高校3年間、浪人1年間。家庭教師としてお付き合いさせて頂いた期間は、7年4ヶ月。泣いたり、笑ったり、ケンカしたり、、、いっぱいいろんな事がありました。

実質的に医学部を目指して、34ヶ月間。ほんまによく辛抱した。ご苦労さん!!

そして、それから2、3ヶ月したぐらいにI君本人から連絡をもらった。連絡してくる時は、たいてい私に自慢話をしてくる時か、何とかならないか話をしてくる時ぐらいなものだと相場は決まっている。メールアドレスの変更すら送ってくれていなかった事を考えると、学生生活がよっぽど楽しいんだろう。本当 に嬉しい限りだ。内容というのは、個別試験の成績開示があり、早々に自慢をしたかったようで、連絡するや否や「とにかく見てくれ!!」と言うものであった。仕方が無いので、仕事の手を休めて、確認すると、、、

「おっ!?面接結果が満点ですやん。」

思わず言葉が出てしまった。センター試験の結果が、満点って言うのは、特にそう珍しい話ではないのだが、面接満点ってのは、さすがに珍しい!!大学サイドから「100%うちに来てくれ!!」ってな感じの意思表示を頂いたような気持ちになる。「こちらこそ宜しくお願い致します!!」というような、まさにこんな気分になる。

高校2年生の5月から医学部医学科への挑戦を決意し、受験勉強を始動!!いよいよ受験直前に入り志望校を受験したものの残念な結果に終わる。そして、リベンジを兼ねて一年間の浪人を経て、愛媛大学医学部に見事、合格しました。彼は、これで、ようやくお医者さんになれちゃいます。途中、想定外な事は、たくさんありましたが、しっかりと乗り越える事が出来ました。人生何十年の内のたった34ヶ月の辛抱。その辛抱と御両親の支えが家族みんなの夢を引き入れました。小学校2年生からの夢が叶って本当に良かったです。彼は、自分のやりたい事を全部やって、納得して、満足して、私から卒業していきました。

受験塾家庭教師ツイッター:http://twitter.com/jyukenjyuku

 

とりあえず、関西学院高等部への合格目指しましょかっ!!

関学の合格を目指すなら、こんだけ揃えて全力を尽くせば、十分でしょう!!!ちなみに、お近くの書店で、これら全て揃える事が可能です。(1)から(5)の教材群とノート40冊程度があれば、『ちょっと厳しいかなァ〜!?』『入学したいけどォ=成績が、、、!?』という中学生でも合格への可能性は、大きなモノになるはずです。

(1)ハイクラステスト:英語、数学、国語、理科、社会(受験研究社)>>>学校に対する予習復習、定期考査で最低80%以上の得点率を確保する為 に適用致しました。

(2)近道問題集:英語、数学、国語、理科、社会(英俊社)>>>入試当日に85%以上の得点率を目指す為に適用致しました。

(3)英検過去問:3級、準2級(旺文社)>>>調査書への挑戦と推薦入試への受験資格入手を目指して、検定対策の為に適用致しました。

(4)漢検でる順:3級、準2級(旺文社)>>>調査書への挑戦と推薦入試への受験資格入手を目指して、検定対策の為に適用致しました。

(5)関学高等部過去5カ年問題集(英俊社)>>>学力審査と問題点抽出、タイム・リズムを養う為に適用致しました。

私立受験への取り組みほぼ0からのスタートで、8ヶ月間の辛抱により、合格を引き入れる事が出来ました。最初っから、『無理だしっ、、、』とか、『うちの子には、、、』というような考え方が一瞬でもあったならば、合格を果たす事は出来なかったでしょう。

『ぶつぶつ言うてても、勉強せな合格せぇ〜へんやん!!合格するから勉強するんちゃうで☆アカンから勉強すんねん(笑)』。。。姫路の中学3年生らしい発言です!!今を思い返すと、当時は、お互いに不可能からの挑戦でしたから、授業がオモシロくて、オモシロくて仕方ありませんでした。『攻撃は、最大の防御や!!!負ける訳がないやろ(笑)』。。。こんな感じで、私も彼を励ましておりました。互いが似た者同士ってこともあったので、今でも懐かしいです。

そんな彼も今では、関学高等部の3年生☆毎日、毎日、頑張って高校野球を頑張ってやっています。後数ヶ月で、卒業ですが、最後の最後まで悔いの残らないような学生生活を過ごしてもらいたいです。

中学生・必見!!見直しの仕方

今更、聞くと恥ずかしい感じがする質問を先日受けた!!!よくよく考えると、これは大変、勇気のある質問である。これからも、どんな事でも恥ずかしがらずに何でも聞いてもらいたいものだ。何事においても最初の一歩が肝心(笑)少なくとも私の生徒達は、気を遣っていない。だから何でも聞いてくれる☆それも、お気軽に!!!むしろ、その方が私にとっては、その方が良い。

A君「先生!!見直しの仕方って、知ってる!?知ってたら教えてぇ=っ」

和田「え!?知ってるヨ(笑)ほんなら教えてあげるわ!!」

試験や宿題でも一通り問題を解いていきます。ここまでは、普通だ。そして、見直しに取り掛かる。しかし、何をどうやって良いのか、実のところ、分からないお子様が多いはずだ。だから、良い機会に多くの方々にそのノウハウを話していく事にする。

問題を一通り最初から終わりまで解き終える。そして、その最中に自信の無い問題には、予め目印を付けておくと良い。さらに目印の付け方にも一工夫施すべきだろう!!①、②、③、、、と上から順番に付けていけば、良いのだ。そうすると、目印君達が、「見直しは、ここから取り掛かると良いんだよぉ〜!!」と教えてくれる。結果的に計算ミスや簡単なミスは、無くなる。間違えるところは、しっかりと間違えて、正解するところは、しっかりと正解する。満遍なく間違える事がほとんどなくなる訳だ。さらに、試験の結果が返ってきてからも役に立つのだ。なぜなら、印の入っているところで、間違っているところは、要説明な問題と判断出来るからだ。つまり、致命的なミスと考えて、対応する必要があると分かる。試験中にも試験後にも結構、時間の節約に繋がってくれる副産物として目には見えない大きな力を発揮する!!


五月病には、ご用心!!

寒くもなく、暑くもなく、良い時期ですねぇ===こんな良い時期に五月病って、言う痛い病気がやってきます。それは、4月のオリエンテーションとゴールデンウィークの凹んだ時期にやってきちゃうんです!!無意識のうちにやってきたりするんで、恐いですねぇ〜(汗)

連休があったり、普段とは、違うタイムスケジュールで動いていると、どうしても、そうなってしまう方々もいらっしゃるようです。特に最近では、小学校中学年以上のお子様や中学新1年生や高校新1年生の学生達に少なからず、その兆候が稀に見られたりします。けれども、そんなに重症な感じではなく、軽い感じです。ワガママ言ってるだけなのか、思春期独特の症状かも区別がつかないレベルです。

その状況を簡単にお話します。まず、スグ泣きます!!それと、すぐ、イライラします。あるいは、遊ぶ事もせず、勉強もせず、部屋に閉じこもって、ただ、ただ、ダラダラしていたりします。そんな状況があれば、一先ず、ご用心です。ますば、何気ない話をしてあげて下さい。そうすると、落ち着きを取り戻します。話にならない時でも静かに落ち着くのを待って、話が出来る段階になってから話してあげて下さい。そうするコトで、落ち着きを取り戻します。ここで注意があります。それは、結果を直ぐには、求めないようにして下さい。応答が無いからと言って、イライラしても仕方有りません。まずは、落ち着く事が大切ですm( _ _ )m

それと、一番手っ取り早い方法としては、いっつも忙しくしておけば良いでしょう!!例えば、朝から晩まで、体が砕けるぐらい勉強するとか、天気の良い日を全部使って、家に一歩も入らないで超アウト・ドアを決め込むとか、はたまた、『そんなに動いて電池切れないの!?』と心配されるぐらい縄跳びで跳びまくるとか、それぐらい動いてたら、たちまち問題解決です(笑)

まぁ〜、少なくとも受験塾家庭教師のスタッフは、そんな柔な病気に掛かったりしませんし、そんなコトは、有り得ませんねぇ===なぜなら、いつも子供達のコトと将来のコトばかり考えているんで。。。笑))))


親和中学校・親和女子高等学校=文化祭!!!

2010年5月3日(月)9:00ー15:00に文化祭が開催されます!!当日は、公共交通機関を利用により、皆様お誘いの上、ご参加頂いてはいかがかと思います。やはり、大勢の方々で賑わいますので、その方が良いはずです。しかしながら、上手いですねぇ===!!GW期間中に文化祭を開催されるというのは、大変、上手いと思います(笑)確かご参加しちゃおうと思ってしまいますm( _ _ )m

今年度もお誘い頂いているので、お伺いさせて頂きたく思うのですが、大変、残念なのですが、医学部受験生の学習指導と5月度大作戦の最高責任者なもので、なかなか難しいんです( ̄□ ̄;)!!お近くの方々やこれから中学受験を考えていらっしゃる受験生の皆様は、宜しければこの機会にご見学頂ければと思う次第です。

女子校の文化祭ってのは、どんな感じなんでしょうかぁ===個人的には、科学部や美術部なんかの催し物を見学したいものです。今の子供達の感性が、どんな将来を作り上げていくのでしょうか!?その兆しというのは、どんなモノなのでしょうか!?世の中という可能性に大きく羽ばたこうとしている新鮮なアイデアが、恐らくそこにあるんでしょうね(笑)

2010年は、10代や20代から様々なコトを学んでいこうと考えています!!!そして、その結果、先を詠む力を培っていきます(笑)


ゴールデンウィーク

2010年 4月29日(木)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 4月30日(金)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 5月 1日(土)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 5月 2日(日)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 5月 3日(月)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 5月 4日(火)お電話受付休業メール受付オープン

2010年 5月 5日(水)お電話受付休業メール受付オープン

ゴールデンウィーク期間(2010年月29日〜2010年5月5日)については、お電話での受付をお休みさせて頂いております。また、メールでの受付については、随時、受付オープンしておりますので、お気軽にエントリー頂ければ幸いです。

なお、学習指導、無料体験については、休み無く対応させて頂いております!!!

今後とも受験塾家庭教師を何卒、宜しくお願い致しますm( _ _ )m

理科とか、社会とか、の暗記法

理科と社会の暗記分野の記憶の方法は、100人おらば100通りの方法があります。特に、コレが良いだとか、アレが良いだとか、そんな方法は、人それぞれ違います。いかに自分の記憶ラインに近い方法を見つけ出すか、あるいは、1つの記憶方法に従ってジックリと取り組むかによります。

つまんない中学生活からセンセーショナルな高校生活を過ごす事に繋がった、そんな記憶法を教えちゃいます!!正直、これは、必見です。それが、大人になった今でも役に立っています。ただ、何年も前に発した子供達の言葉をいつまでも覚えていられるんで、彼等が卒業していく時は、走馬灯のように発した言葉が流れてしまいますので、もうウルウルなんです(泣)鬼の目に涙な訳ですネ。。。( ̄  ̄;)スンマセンです。少し脱線したんで、話を元に戻します。

大事な言葉を大事な言葉として捉えるのではなく全ての言葉をキーワード化させる事から始まります。そして、そこから様々な内容に派生させていきます。ここで大切な事があります!!派生させる段階において、資料集を最大限に活用するんです。派生させるにあたり、キーワードをビジュアル化させるのは、大変、大切な接着剤となってくれます。学生さん達の中には、一度も資料集を開いた事が無いという方も数多いでしょう。是非、開いてみて下さい。最初は、まばらな開き方でも少しずつ慣れてくれれば開いていけるようになります。また、そこに描いてある図や絵を描いてみて下さい。絵を描く事で、様々な内容が頭の中で定着します。

と、まぁ〜こんな感じで話しても、何だかよく分かりません。ですから、少し具体例を挙げてやってみます!!

例えば、中学生の段階で習う植物の優性生殖を考えましょう。

「被子植物、やく、柱頭、花粉、精細胞、卵細胞、花粉管、子房、、、」これらの言葉をキーワードとして、意味が分からなくてもブツブツ言い続けて下さい。そうすると、「花粉」と発した瞬間にその他の言葉が頭の中で語郡として、過れば成功です。過るだけでオッケーです。

次は、キーワードを繋ぎ合わせる作業に入ります。これに、必要なのが、教科書と資料集です。方法は、至って簡単なんです。ただ、読むだけ!!これだけオッケーです。ただ、読むだけなんです。そうすると「え!?」「何なん!?」「あ、そうなん!?」「へぇ〜!?」「ふぅ〜ん!?」と言った反応が心の中で出没するはずです。出没しないのは、ただ、ただ、読んでないだけ。目に映った文字を発しているだけなんです。だから、しっかりと読んでみて下さい。

ボツボツと読んでいたら、興味がフツッフツッと出てくるはずです。その興味に従って、資料集や図を描くという事をやってみて下さい。そうすると文字と文字がの中で繋がっていく事を感じるはずです。

そうやって繋がりを感じてきたら、次は、ノートまとめをやりましょう。1つのキーワードに対して、いくつかの内容がある思いますが、その中でも特にまとめ表さないといけない点が、「数字」による概念です。例えば、細胞の数とか、単位とか、年号とか、です。もちろん、他にも大切なものがあります。それは、キーワードとキーワードを繋ぎ合わせられる内容です。単純な書き方でかまいません。例えば、「花粉=やくにある。柱頭につく(受粉)。花粉管を伸ばす。精細胞ある。」と、まぁ=こんな感じです。どうですか!?オモシロいでしょう(笑)こんなんで良いんです。勉強大嫌いな学生にとっては、最強だと思います。

和田「そんなダラダラ書いて読むんか!?」

生徒「え!?読まへんよ」

和田「ほんなら、コレやったら読むやろ(笑)」

生徒「これやったら、イケるわ(笑)」

上記の会話にもあるように実際、イケてました!!!

そこで、まとめる中で、注意があります。本書の内容をダラダラ書き込んではいけません。それは、まとめるという考え方ではなく、ただ、写しているだけです。私の「まとめる」って事は、後で自分が見た時に、自分の頭の中と連動して手元に反応するだけの手段でしかありません。ダラダラ書いたモノは、勉強しない人間にとって、ただ、「書いた」というだけの自己満足の産物にしか成り得ないからです。いかに活用的なノート作り(自分の頭に反応を及ぼし易いノート作り)をするかがポイントになります。ノートは、幅を利かせたメモ帳と考えるべきでしょう。

ダラダラ書いちゃいけないのに、ダラダラ書いてしまいましたが、こうやって繋がっていきます。

この繰り返しが、どんどん、どんどん、繋がっていき、1つの内容がグループとなっていきます。そして、そのグループ同士が、さらに繋がっていきます。そうすると1つの分野になっていくんです。最終的には、理科の諸分野を征服する事に繋がり、理科という教科を征服する事に繋がっていきます。「ハッ!?」と気が付いた時には、学年1番、県内1番、全国20番程度を有意義に考えられる視野に自然と入っていくはずです。実際、優等生ではない自分自身が成し遂げる事が出来たので、そこまでぐらいの可能性はあるんでしょう。

そういった課程で、特に感心をもった分野が優を成し、将来に大きな貢献を果たす可能性にも繋がっていきます!!!

自分には、負けたらアカンのです。。。


中3で、加古川西高等学校を目指すには、、、

この春、いよいよ新中3を迎えた加古川西高等学校を志望している受講生がいらっしゃいます。お兄ちゃんの頃の高校受験の時からお世話になっているお客様ですので、何としても第一志望をクリアーさせてやりたいという気持ちでいっぱいです!!

新学期も迎えて間無しの1学期始業式を終えた束の間のコトでした。お客様から、先を見据えた御相談がいよいよあったんです。それは、「先生達の日程が混雑する前に夏休みの献立を立ててもらえますか!?国語、理科、社会は、これまで対応してもらっていないので、それらを何とか夏休みとかに、、、」というモノでした。もちろん、即日翌日対応で献立を立てました。一応の取り組みは完成しているので、後は、学習指導プロセスにして提出させて頂くだけです。

そんな感じで、本日、お承りさせて頂いた内容は、翌日には、完全に出来上がっています!!!即日翌日対応で、ご提案書を作成する方法は、至って簡単なんです。。。その方法とは、作成し終わるまで、寝ないという事なんです。ちなみに本日は、午前5時12分ぐらいまで提案書と格闘していました。その介もあって、良い仕事が出来ましたよ☆完璧です(笑)

例えば、こんな感じです、、、

(1)英語、数学は、従来通りの対応、従来通りのスタイルで指導を行う。

(2)夏休みには、国語、理科、社会において1、2年と3年1学期の内容全てを詰め込めれるだけ詰め込むという考えをもつ。一先ずの作戦としては、4月18日から7月24日までを課題管理スパンとして、苦手箇所の定着、夏休み対策の準備、等の取り組みを行っていく。この3ヶ月間で抽出した内容を基に、本格的に夏休みの対策(7月25日から8月28日に掛けての期間限定5週間)として、大凡3年間分の国語、理科、社会を全部やり終える。

※1 これは、確かにオモシロい大作戦であります。なんせ、たった一ヶ月で、3年間の国語、理科、社会を終わらせてしまおうしているのですから、、、万一の取りこぼしは、冬休みや来年2月中旬に実施される私立受験が終了してから取り組む事で、安心感を得る事は、可能です。

※2 課題管理で培った全て大切なデータをしっかりと残しておいて、分析に役立てて、早々に反映させていきます。そうする事で、体力的にも精神的にも助かるはずです。説明が必要な箇所は、もちろん、ストレスが掛からない程度に説明してあげて、最終的には総合的な学力を養うコトに努めることにします。

(3)冬休みや私立受験終了後には、3年2、3学期の内容と夏の反省を併せたうえで、取りこぼしや苦手な箇所の補正、そして、過去問対策に全力で取り組みます。

(4)次に使用教材については、教科書と学校の問題集、そして、書店に売っている教材で専ら十分である。

※1 これは、特に有名進学校への受験に徹する訳ではないので、特別な傾向に左右されるコトも無いし、比較的、素直に点数を確保出来る試験ではあると言う考えがあるからだ。

※2 教科書を何往復も繰り返して、基本的な内容を熟知する必要性がある。また、知識を反映させる為に標準や難問で、お役立ち力を高めるコトを要する。なお、公立入試9割以上を目指すならば「近道問題(英俊社):400円/冊程度」「過去5カ年兵庫県入試問題集(英俊社):1000円/冊程度」は最低限必要だろう。正直言って、これだけで十分だ。これで出来なければプロとは言えない☆

※3 一番、大切なのが、ノートです。これだけ問題集群を成し遂げようと思えば、最低60冊程度のノートを準備しておく方が良いだろう。ノートが水のように消えていくのを目の当たりにします。

(5)彼女にとって、逃してはならないポイントとしては、加古川東や加古川西へ合格するうえで、いかにミスを少なくするかがポイントになる。めちゃくちゃ難しい問題を解けても簡単なミスを積み重ねると大変、危険な結果を招いてしまう。それをしっかり、理解して受験に対して、全力で取り組んで頂きたいです。

これらの内容は、ほんの一例にしか過ぎないのだが、本書は、とにかく良いご提案となっている(笑)様々な事をいろいろ考えていく内に様々な内容がピキンッとくるものだ。。。目指すべき内容は、第一志望合格!!時間の節約と効率的な勉強方法で、目指すべき道を歩んで頂きたいものである。

努力は、必ず報われます!!!


漢検や英検の検定料が、完全に無料なんですヨ!!!

受験塾家庭教師には、『おまかせコース』ってのがあるんですが、漢検や英検の検定料金と手続手数料が完全に無料なんですよ!!

ご存知でしたでしょうか???

正直、申しまして、確実にお得です(笑)

受験塾家庭教師の各担当家庭教師達が出願に関わる全ての手続きを行います。ちなみに、この度の出願期間と検定日は、以下の通りです。ご覧頂いてもご承知の通りですが、11週間から12週間程度あるんです。実は、この期間に様々なドラマが起きたりするんです!!!

(1)書店受付期間:2010年3月1日(月)〜2010年5月18日(火)

(2)検定日   :2010年6月20日 (日)

ドラマ1『宿題が多くなると遊べない。だからと言って、宿題を少なくすると、跳び級受験が出来ない。うぅ〜ん(汗)』

ドラマ2『現状の級で受験すると決めてしまったら、時間的に余裕があり過 ぎる。ただ、跳び級を考える程度の時間的な余裕はない。けれども、頑張りたいんだが・・・』

ドラマ3『年に3回あるからゆっくりと考えれば良いんだけど、せっかくだから頑張 りたい。ダメで元々、やってみるか(笑)!?』

このようなドラマが様々な子供達の心の中で静かに起きております。そして、それらの内容に対しては、しっかりと御相談を受けます。もちろんですが、私達は、『無理だから・・・』等という意味の分からない発言は考えられません。無理だからこそ頑張って、結果を成功に結びつければ良いんだと考えています!!何事も「やる気」を出させるには、最初の一歩が肝心なんですよ(笑)

『ブツブツ言わないで、失敗しても良いからやってみようぜ!!』『今回は、無理しなくても大丈夫やから、次回に跳び級作戦立てたらええやん(笑)それでも大丈夫やで!!』『もう1ヶ月、様子見てみようか!?そんな感じで、タイミング見計らって出願する事にしよう』

検定試験の持つ力、どの級をどのタイミングで受験したら良いかは、親御様や学校の先生方にとっては、なかなか把握し難いのが現状です。子供達と密に接しているからこそ、出来る事があります。また、普段の生活でお忙しい親御様にとっても、手続にテンヤワンヤしないといけません。

そこで、受験塾家庭教師は立ち上がりました。

検定料金や手続に伴う費用を完全に無料にして、なおかつ、手続を受験塾家庭教師が全て行えばストレス・フリー!!それに、我々は、ご本人の学力を把握し、出願タイミングや受験レベルを判断する事が出来ます。それは、子供達にとっても少しの無理合格通知というモノを意識する事が出来る良いチャンスにもなりますし、闇雲に受験しなくても良いので、体力的にも精神的にも助かります。また、時間的も余分な事をしなくても良い(笑)

これって、最高の取り組みではありませんか!?

ちなみにこの度のお客様に関わった費用6880円は、確実に0円となります。なぜなら、受験塾家庭教師が全てを負担させて頂くからです。それにより、子供達や親御様が得られる可能性は、無限大です。

受験塾家庭教師は、我々にしか出来ない事を、どんどん、子供達と親御様の為に取り組んでまいります(笑)


キカ

中学生から高校生、そして、浪人生に至るまで、是非とも読んでもらいたい事があります。「どうせ、和田先生の事だから勉強の事だろう!?」と思っている受講生も大変、多いだろう。そんな訳で、そんな受講生のご期待に添えてみよう!!

今回(?)は、幾何の問題なのだが、最近の学生さん達の皆さんは、知らない事がとにかく多過ぎる。それと、困ったら、スグに「分からない」と言って、その場をやり過ごそうとする。さすがにそれは、止めといてもらいたい(笑)!!さて、春の日差しもポカポカしてきた事だし、こういった機会に改めて勉強してみては、いかがしょうか!?

中学生から高校生、浪人生に至るまで、特に大切な幾何のプロセスがコレ↓↓↓である。。。☆☆☆3つ星要チェック!!

(1)公立中学1年生の3学期ぐらいに学習する。

測量計算(体積とか、面積とか、、、)

(2)公立中学2年生の2学期ぐらいから3学期に掛けて学習する。

角度の関係(平行線とか、、、)、証明(何でも良いです!!)、図形の合同(特に直角三角形と正三角形のところとか、、、)、平行四辺形(・・・なるための条件、性質とか、、、)、円(接線や接弦定理とか、、、)

(3)公立中学3年生の2学期ぐらいから3学期に掛けて学習する。

相似(特に2角が等しいという要素とか、、、)、相似な図形の比(ココとココが対応しているとか、、、)、三平方の定理(345とか、斜辺と底辺と底辺の関係とか、、、)

ちなみにこれら(1)〜(3)が理解出来ていないと高校数学の幾何でも困ったちゃんになります。実際、困ったちゃんになっている受講生も大勢いらっしゃいます。ちなみに、こんだけの中学生の内容を理解しているとセンター試験数学1A(1997年から2005年まで)の第四問の平面幾何の問題で良いところまで食い込んでいきます。

年度に寄っては、満点を確保する事が出来たりしています。これは、本当の話です。実際、私が預からせて頂く数名程度の受講生は、しっかりと満点を確保していました。幾何の問題に至っては、中学生だろうと高校生だろうと、関係はない。確実に力そのものが制する課程だ!!力がある者は、クリアー出来て、無いものは、クリアー出来ない。そこにあるのは、結果だけであって、一切の言い訳は必要無いのだ。言い訳が多ければ多い程、その問題から逃げる要因となる。だから、幾何の問題だけは、分からなくてもガンガン取り組んでもらいたい。

そうすると、見えないモノが見えてきます!!!例えば、自分しか持っていない公式だとか(笑)