トツゲキ人生「価値」

パソコンのセットアップも一様に完了してから「価値」についてズゥ〜〜〜ッと考えていた。カタチの有る価値は脆い。加えて言うならば一度失った価値を元に戻すのは速効性に欠ける部分が大いに存在する。それに比べてカタチの無い価値はそもそもカタチが無いので異質なものだ。考え方によってはデリケートな部分は多いが流動的な側面に帰属している。時とタイミングによっては価値そのものを変化させることが出来る。Apple製品には1つ1つのデバイスを結び付ける仕組みや環境に価値を見出し、それに自分自身のニーズを重ねることが出来たので購入に至った。そこでこの度購入した理由や今後も触れていきたいと思った理由としては次の通りだ。1つ目は作業効率、2つ目は遠い視野で考えた場合でのコスト削減、3つ目は修理対応スピード、4つ目はプリンターやらモニター等の有意義な拡張性、5つ目は同期。これらの要素が購入意欲に合理性を見出し実行に移させた。単に、カッコイイ、というだけではない。でも別にそれだけでも十分良いだろう。だってカッコイイのだから。ただ私自身、余っ程の事が無い限り自分の身辺にコストの掛かる変化を及ぼすことは有り得ない。けれどもこの度は違う。中でも作業効率の観点は大変、重要な観点だった。現実的にWindowsとMacで検証してみたが驚くべき結果を得た。通常通りの使用方法を大前提としてチャレンジを開始した。パソコンを起動させると同時にタイムアタックをスタート。報告書を作成しオフィス業務を完了させ電源を落とす。このような感じで幾度と無く普段通りの締め作業を行った。その差は歴然。Mac使用ではWindows使用と比べて30%程も手間隙が削減されていたのだ。要因としては電源関係の所要時間、ソフトのレスポンス、文章を打つ時のストレス、ハードへの反応速度その他諸々が存在していた。従来なら感じることも無かった作業時間が思いの外、多く要していた。現にMacを使用した後にWindowsを使用すると、どうしてもイライラ感が拭えないのは個人的見解であり感覚的なものだが無視は出来ない。作業時間の短縮は今後、規模が大きくなるにつれて目を瞑る訳にはいかなくなる。なぜならば人件費削減に自ずと繋がってくるからだ。よってこの度の検証結果には大変、満足のいくものだった。今後ともどんどんブラッシングを掛けていくことにした。このように考えを改め、そして変化させると、見えなかったモノがどうしても見えてきてしまう。この勢いで自ずと導かれる戦略があった。それは、やっぱり広告の根幹でもあるタウンページやホームページだ。間違いなく意識もスワップしていた。ちょうど4月も終わり5月に差し掛かろうとしていただろう。

そんな時に母親から一本の連絡があった。普段から病院の送り迎えをしていたのだが、その日ばかりはいつもと様子が違っていた。別の病院へ行く、というものなのだが、午前中から夕方ぐらいまで時間を空けてもらえるか!?、という用件が含まれていたのだ。当然の如く快諾し電話を後にした。そして当日、朝早くいつものように母親を迎えに行き、車中でいろいろな話をした。そこで耳にしたのは、精密検査をしなければならない、という事実。けれどもいつもの様子に変化が無かったこともあり、まぁ〜時間が掛かっちゃうんだね、という具合の程度しか考えていなかった。病院に到着し駐車場で長時間の待機に備えた。その最中、頭のチャンネルを変えて広告の価値について引き続き考え込んだ。新聞折込で痛い目にあって以来、チラシやら広告配布やらは一切行わずにタウンページとホームページだけでガンバってきた。効果の程は少なからずとも多からず。自分自身のバロメーターを満タンにするうえで、自分自身の努力不足が大きく幅を利かせていた、という問題以外に見当たる問題はなかった。解決出来ることは全て解決してきたのだ。考えられる範疇を既に考え尽くし、解決すべき問題がとにかく見当たらない状況。確実に壁に打ち当たっていた。タウンページやホームページでは問題を見付けることが出来ないので、 今の状況を打開する為にも視野をもっと手前に焦点を合わせることにした。広告の価値ではなく受験塾家庭教師の価値を見つめ直すのはどうだろうか、という疑問にハッとしたのだ。善は急げとばかりに受験塾家庭教師の価値をより一層明確に導き出すことを決めた。安堵感からなのか、どうかは不明だがいつの間にか気が付いた頃には既にウトウトと待機中の車中で眠ってしまっていたようだ。コン!コン!、と窓を叩く音で目が覚め、窓を開けるや否や母親が一言。病院の先生がアンタに話あるみたいやから少し来てくれるか?!、というものだった。